The New Setsuko's Diary

Baroqie Violinist Setsuko Sugita ヴァイオリン奏者 杉田せつ子/ 日々のふとした瞬間を、お話するように書き留めていけたらと思います。 古いブログはこちら→http://setsukodiary.cocolog-nifty.com/blog/

猛烈です

眠いです


睡眠不足ですw


がんばります


そして練習したいのに
なかなかできないです


練習しなくては


いま自分のやりたいところまでに


到底
到達できませんので


練習するしかないのです



だから


します!!!


でも.......眠い.... 







ようやく


新月を迎えた今日

ようやく
ようやく


少し気持ちに余裕が戻りつつあります笑



はーーー



忙しいときは


重なるものですよね


まだまだ


続きますけれど



がんばります!



実は、猛烈に忙しい日々を送っております。

ブログもすっかり
書けない日々...;_;


どうしてこうも重なるのでしょう!
という重なりぶり


朝の6時までデスクワークが続き...


睡眠時間2~3時間という日も混じりながら


怒涛のように忙しい毎日

ごめんなさい

また色々な方々に

メールしたくても出来ていません!


ごめんなさい


ああ



ごめんなさい


がんばります


しかし早く
練習したい〜〜〜〜〜〜

ようやくわかってきたことが
たくさんあって


生まれて初めて???
(さすがにそれはないけれど爆)

心から練習したいと思っているんです


今。。。。

市川海老蔵さんの回、拝見いたしました

とっても素敵でした


再放送があるそうなので

予告リンクを貼りますね


ねたばれしてはいけませんので、内容には触れないでおきます!!


NHK プロフェッショナル


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とっても懐かしいです! 舞台上手の袖から。これはたしか...序幕も始まる前の
準備中の光景だったでしょうか

今、とあることから古い劇場について改めて調べています。


古い....


1513年のローマ、カンピドッリオ劇場


これは
メディティ家がローマで市民権を得たことを記念して建設されたようです。


2000人収容。

建設されていった主要な劇場を順に書いてみますと...

1524年 パドヴァ   コルナーロ劇場。
1531年 フェッラーラ  宮廷劇場
1551年 マントヴァ 宮廷劇場
1560年 シエナ  イントロナーティ劇場
1576年 フィレンツェ  スタンツォーネ・ディ・バルドラッカ
1581年 ヴェネツィア  テアトロ・ヴェッキオ(訳すると 古劇場ですね笑)
1585年 ヴェネツィア  テアトロ・ヌオーヴォ(訳すると新劇場ですね笑)
1586年 ヴィツェンツァ  メディチ劇場
1590年 サッビオネータ オリンピコ劇場
1592年 ピアチェンツァ  サリーネ劇場
1598年 ミラノ  テアトロ・レージョ・ドゥカーレ

1605年 フェッラーラ  オピッツィ劇場
1608年 マントヴァ ドゥカーレ劇場 6000人収容!(宮廷内の大広間を劇場に改築)
.
.
.
.
.
.
続く


こうして17世紀イタリアでは主要な劇場の建設がなんと48にものぼり、
ドイツ12、フランス8、オーストリア3、イギリス4、オランダ2、スペイン1、という具合。



昔は貴族の館などの部屋で演奏されることが多くて...
現代のような大きなホールでは演奏されなかったので...
今よりヴァイオリン(バロック・ヴァイオリン...)は小さい音だった。

とは楽器の歴史のお話などで
よく耳にする情報です。

正直なところ
真実と異なる情報だなあ....と私自身は思っています。

だれだってオノフリさんのオリジナルヴァイオリン(当時のまま)の
あの音色に遭遇したならば
事実は違っていた、と実感してしまいます

百聞は一見に、じゃなくて


百聞 一聴に、、、 でしょうか!?!   笑


その館....というのが....
数千人収容の劇場に改築され云々.....といった趣きなわけで


現代の我々の思う館の規模と
そこにかける予算の大きさのイメージに
大きな開きもあって


そういった都市伝説!?!へと
繋がっていってしまったのかもしれません。。。



まあ、そういったことは
楽器のお話に限らず


たくさん世の中にあるのでしょう



やっぱり人がなんと言おうと
「おや?」と思ったならば 
(まあそもそも「おや?」と思うかどうかが...
そこがポイントにはなるわけですけれど)

自分の手と足を使って、
ときには涙と汗を流して、
真実に辿り着かねばなりませんね




無論のこと
そういった劇場での上演はオペラだったわけですが


時代が新しくなるにつけ
幕前や幕間などに、器楽の独奏が入ることも
出てくるわけで


まったくの独奏、ましてや無伴奏などということは
もちろん無かったにせよ


器楽の演奏が小さな音しか出ないような楽器でもよかった、、、
ということは ないはずです。
(逆を返せば、現代のヴァイオリンは音を大きくするために改造された、
という話は真実ではない、ということになってしまいますね。。大変でーす
あ、でも、厳密にその「真実」を言い表していないというだけであって、やはりスタイナーやアマティなど17世紀の名器と、20世紀の名器プレッセンダーを比較するならば、コンセプトが大きく違っていることを感じますので、そのようなことで言い伝えられてゆくのが望ましいように思うわけです。こんど信頼できる楽器職人さんにお話をしていただく会でも設けたくなります!) 


1608年のマントヴァ、
モンテヴェルディのアリアンナが上演された
ドゥカーレ宮殿の中の劇場は6000人!


劇場内のどの席からもよく見えて、よく聞こえる、
そのために、楕円形の今現在のオペラハウスに見られるような
形が多くなっていったようです。

そうして17世紀の末には、しっかりと音響学も確率されていたようです。

チケット代金を
一般市民にも購入できるような値段に下げて、
公演回数を増やすのだ!という興行主も現れて
必然の流れで世俗的な題材も増え

「伯爵夫人の野菜づくり」

「裏切られた裏切りもの」

!!!!! 


イイ感じです。

題だけで、大いに想像が膨らみます



チケットの値段を下げるので歌手のレベルも...と
少し雲行きが変わってくるのは少しあとのことのようです。


平土間がご婦人貴族、2階が各国の招待貴族や国王クラスの貴賓、
3階がやはり有力貴族、4階は一般市民、という風に階級を分けるためにも
あのボックス仕立ては必要だったようで。(分け方は、それぞれ劇場ごとに
違いがあったようです。)

いまも伝統的にそのような形態が残る劇場が多いですけれど
それぞれの階へ、それぞれ別の階段で登る、というのも
それぞれ階級をすんなりとわけ、心地よく、お互いにお行儀よく、
問題も起こさず、分ける!というヒエラルキーの保護という目的も
果たしていたのですね。 これまたおそるべし。


たしかに、平土間に着飾った奥方たち、、、というのも
美しく結い上げた髪型を上から眺めるのも楽しかったでしょうし、
ご婦人方も見てもらえることも楽しかったでしょうし、
いい感じです

他の階は
それぞれのボックスに入ってしまえば、
上から見下ろされる、、というような
感じも受けにくいですし、これまた結構な感じです

よく考えられていたのですね...。


まあでも、もし当時に生まれていたら
外で、うろうろ...

いいなあ 劇、
私も中にはいって
見てみたいなあ 劇。。。。

って言っていたのかもしれませんね

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